九州工業大学学術機関リポジトリ

国立大学法人九州工業大学

戦略的研究ユニット化促進プロジェクト

ユニットについて

高温超伝導体のさらなる転移温度向上を目指した物質設計ユニット

超伝導研究に関する先駆的かつ特色のあるシーズをもとに、高温超伝導体の機能性の向上、超伝導発現機構の解明、戦略的な新奇超伝導物質検索、物性評価技術の向上、高温超伝導体創出のための設計指針の提案などの研究を推進し、超伝導転移温度向上という物理学の難題に取り組む。

研究内容

高温超伝導体のバルク材料,薄膜の合成及び評価

本グループでは基板上に成長したエピタキシャル超伝導薄膜を作製し、得られた薄膜の結晶構造や微細組織と材料物性に関する研究を行う。対象物質としては銅酸化物超伝導体を中心として検討を進めるが、今後、他グループで検討される新規超伝導物質に関してもエピタキシャル薄膜化を行い、物性研究に適した試料提供にも協力していく。また、薄膜化手法を活かして、超伝導層へのひずみ印加、非平衡相形成、あるいは2次元物質形成や表面・界面制御、さらには電界効果やインターカーレートを利用した実験も検討していく。薄膜化の手法としては、パルスレーザ蒸着法を中心として、これ以外にスパッタ法、塗布法等も用いる。組織観察には薄膜X線や高分解能TEM等を活用する。得られた薄膜試料には光リソグラフィーやレーザーエッチングを用いてパターニングを施し、物理特性測定装置を用いて低温物性を明らかにする。

パルスレーザ蒸着装置/超伝導界面TEM像

他班との協力関係

物性評価班の美藤や出口の高圧実験や磁気・電気測定において必要な薄膜試料あるいはバルク体を試作し提供する。 また、合成班の松平で見いだされた新奇バルク体に関してもエピタキシャル薄膜化を行い、物性評価用に提供していく。理論班の中村や渡辺で設計された新規超伝導構造についても薄膜化の観点から試作を試みる。

松本・堀出・アロク

高温超伝導体の精密電気抵抗・磁気測定

銅酸化物超伝導体は、クーパー対の波動関数の異方性(d波)およびCuO2面内に限定された超伝導の低次元性(二次元)が特異な超伝導磁束グラス相を実現している。高磁場下における磁束グラス相の研究は、応用面からも盛んに研究されているが、最近、微小結晶を焼結した超伝導セラミクスや磁束ピン止めを導入した超伝導薄膜に着目して、低磁場下における新規な超伝導磁束グラス相の研究を行っている。通常、銅酸化物超伝導体のような第二種超伝導体では、第一臨界磁場Hc1より低磁場ではマイスナー状態となるために磁束は超伝導体に侵入しない。しかし、セラミクスのような焼結体では、粒子間のボイドに、磁束ピン止めを導入した導入した薄膜では、非超伝導のピン止め部分にそれぞれ磁束が入ることが可能となるため、通常の超伝導体にはない特異な磁束グラス相の出現が期待される。理論研究においても超伝導セラミクスにおいては図のような超伝導ループ電流のカイラリティの凍結に伴うカイラルグラス相が提案されている。また、薄膜においては反磁性のマイスナー効果とは逆の磁化が出現する常磁性マイスナー磁化が観測されている。
具体的には高温超伝導体のセラミクスおよび磁束ピン止めを導入した薄膜において低磁場下における新規な磁束グラス相の探索を精密な電気抵抗および磁気測定により行う。通常の直流抵抗・磁化では特定が困難なグラス相の相転移を交流法により線形・非線形抵抗および線形・非線形磁化率を詳細に調べ、新しい超伝導相の発見を目指す。
試料作成においては、合成班の松本Gと連携する。セラミクス・薄膜における磁束グラス、超伝導相については理論班の渡辺・中村と連携して、低磁場磁束グラス相に由来する新規物性を開拓する。

d波超電導セラミクスの相転移

出口

高温超伝導体に対する第一原理計算

理論物質設計を目指して現実物質の超伝導転移温度Tcを非経験的に評価するための計算手法およびプログラム開発を行い, 超伝導体の転移温度評価法を確立する。実験と比較することにより, 計算手法の妥当性をチェックする。物質の超伝導機構解明に注力するとともに, 様々な物質の構造とTcデータの相関を分析し, 高温超伝導体探索指針を導出する。実験グループと連携し, 九工大発の新規高温超伝導物質発見を目指す。
 超伝導体の転移温度Tc は, マクミラン公式

により見積もることができる。λは有効電子格子相互作用の大きさ, μ*は有効電子間相互作用, ωlnは特性振動数である。これらのパラメータを非経験的バンド計算 (第一原理計算) に基づいて評価することで,「物質の結晶構造」「構成元素の原子番号」だけのインプットから,「超伝導転移温度」の非経験的評価が可能となる。まず, すでに実験構造および転移温度が測定されている物質に適用し, 計算コードの定量性をチェックした後, 未知の物質あるいは構造に対して転移温度評価を行う。
具体的な研究対象として, 最近発見された高圧硫化水素 (Tc = 190K) をターゲットとする。また鉄系超伝導体 (Tc = 50-60K) のいくつかで薄膜化により転移温度上昇が報告されており, こうした薄膜加工に伴うTc上昇機構解明も積極的に研究する。

他班との協力関係

実験的に構造同定が難しい超高圧環境 (物性評価班・美藤) や表面・界面 (合成班・松本G) が具体的なターゲットである。プログラム作成後, 実験グループと連携して研究を進めることで, 現実物質に対する「転移温度定量予測ツール」を確立させ, これを用いた新奇超導物質探索を行う。また理論班・渡辺と共同で超伝導機構の微視的解明を進める。

代表的超伝導体YBa2Cu4O8 (超伝導転移温度 80K) の結晶構造 (左) と第一原理バンド構造 (右)。バンド分散曲線 (横軸:波数k, 縦軸: 電子エネルギー) を描くことで超伝導体の電子状態を理解することができる。

中村

高温超伝導機構の基礎理論

物質に圧力や磁場などを印加することにより磁気秩序などの秩序相への2次相転移の温度を絶対零度まで抑制した点を量子臨界点とよぶ。量子臨界点近傍では電気抵抗や比熱などの物理量が通常金属とは異なる振る舞いを示す量子臨界現象が現われることが知られている。量子臨界点近傍で増大する臨界ゆらぎは超伝導などの他の秩序相を誘起し得ることから、より高い超伝導転移温度の実現の観点からも注目を集めている。実際、磁気量子臨界点近傍で増大する磁気ゆらぎを媒介にした超伝導機構が、銅酸化物高温超伝導と関連して盛んに研究されてきた。
近年、従来よく理解されてきた磁気的量子臨界現象の枠組みに従わない、新しい量子臨界現象がYb系化合物やCe系化合物で複数発見され、強相関電子系の分野で大きな問題となっている。また、これらの物質の量子臨界点近傍で超伝導が発現することも観測されており、これらの物質をはじめとする強相関電子系において、従来理論的に提案されてきたスピンゆらぎによるクーパー対形成機構とは異なるメカニズムが実現している可能性がある。
そこで、本研究では強相関電子系における新しい量子臨界現象の性質の解明に取り組む。新しい量子臨界現象の理論的枠組みを構築し、量子臨界点近傍の電子状態の性質を明らかにする。量子臨界点近傍で増大する臨界ゆらぎが引き起こす電子状態不安定性のメカニズムの解明を通じて、より高い超伝導転移温度を実現する物質設計を目指す。

他班との協力関係

合成班(松本G、松平)による超伝導候補物質の合成、および物性評価班(出口、美藤)による新規物性データ、理論班の中村による第一原理バンド計算と連携して、上記の研究を推進し、より高い超伝導転移温度を実現する物質設計を目指す。

渡辺